前回の認知症ケア技法「ユマニチュード」の記事では、概要や基本となる「4つの柱」についてご紹介しました。今回は、「ユマニチュード」の内容をおさらいしながら、実践する上で重要となる「5つのステップ」についてお伝えします。
ユマニチュードのおさらい

フランス語で「人間らしさ」を意味する「ユマニチュード(Humanitude)」は、新たな認知症ケアとして注目されているフランス発祥のケア技法です。
ユマニチュードでは、対象となる方の「人間らしさ」を尊重し続け、お一人おひとりの状態に応じたケアを提供します。
ユマニチュードのケアレベルには「回復」「機能維持」「最期まで寄り添う」の3つがあり、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つを柱に据えています。
「ユマニチュード」に関する前回の記事(2018/02/14)はこちら
心をつかむ「5つのステップ」

ユマニチュードを用いたケアには、認知機能が低下した方と楽しい関わりを持つための効果的なアプローチがあります。このアプローチでは、出会いから別れまで(ケアを始める前から終わった後まで)を次の5段階に分けています。
1 出会いの準備
2 ケアの準備
3 知覚の連結
4 感情の固定
5 再会の約束
ユマニチュードの1~5までのステップは、私たちが人と関わる時に行っている常識的な関わり方と同じです。ケアを受ける方に対しても、私たちが友人と楽しい時間を過ごすときと同じような手順を踏みます。
私たちが夕食に招かれて、友人の家を訪問するシーンを思い浮かべてみましょう。
まずはインターホンを押すか、ドアをノックして友人に来訪を知らせます。そして、友人と挨拶を交わしたあと家の中に入れてもらい、会話などを楽しんでから夕食を出してもらうことが多いと思います。
帰るときは、招待してもらったことや食事がおいしかったこと、楽しい時間を過ごせたことなどについて友人に感謝の気持ちを伝えるでしょう。別れ際には「また会いましょうね」と約束をするかもしれません。
認知症の方に対して、私たちはしばしば「言ってもわからないだろう」「どうせ忘れるだろう」と思ってしまいがちです。しかしユマニチュードでは、認知症の方にこそ「私たちがマナーとして当たり前に行っていること」が大切だとして「5つのステップ」を定めています。
ユマニチュードの実践方法

では、「5つのステップ」のポイントを順番にみていきましょう。
1 出会いの準備
自分が来たことを、扉をノックすることで相手に知らせて、「ケアの予告」をするプロセスです。来訪を告げたら相手の反応を待ち、徐々に自分の存在に気づいてもらいます。
① 3回ノックします
② 3秒待ちます
③ 再び3回ノックします(1回目のノックで返事があれば不要です)
④ 再び3秒待ちます
⑤ (反応がなければ)1回ノックしてから「失礼します」と声をかけて部屋に入ります
⑥ ベッドに近づいたら、足元のベッドボードを1回ノックします
何回もノックを繰り返すことには、相手の覚醒水準を徐々に高める効果があります。
覚醒水準が低い状態にある方、覚醒していても認知機能が低下している状態の方は、状況をとっさに理解することが難しいため、声をかけるときは相手を驚かせないことが大切です。
大部屋の場合は、カーテンを開ける前にお名前を呼んで3秒待ったり、壁や足元のベッドボードをノックしたりします。車いすに座ったままウトウトしている方の場合は、車いすの横にあるボードをノックしてから声をかけてみましょう。
2 ケアの準備
ケアについて同意を得るプロセスです。このステップでは、以下のことに注意します。
・正面から近づく
・相手の視線をとらえる
・目が合ったら2秒以内に話しかける
・最初からケアの話はしない
・身体のプライベートな部分にいきなり触れない
・ユマニチュードの「見る」「触れる」「話す」の技術を用いる
・3分以内に合意がとれなければ、ケアは後にする
認知症の方を驚かせないために正面から近づき、視線を合わせます。目が合ったらすぐ(2秒以内)に、ポジティブな言葉で話しかけましょう。たとえば「入浴」という言葉に拒絶反応を示す方には「さっぱりしましょうか」と言いかえるなど、嫌がる言葉をできるだけ使わないように配慮します。
また、ご本人の同意を得られるまでケアの話をしないことも重要です。「○○さん、お風呂ですよ」「お薬ですよ」と話しかけるのではなく、"あなたに会いに来た""あなたと話をしに来た"というメッセージを伝えます。
所要時間20秒~3分と短いこの過程のポイントは、3分以上時間をかけないことです。3分以内に合意が得られない場合はご本人の意思を尊重し、いったんケアをすることをあきらめて出直します。ご本人の緊張感を少しやわらげて第5ステップ《再会の約束》に移り、次の機会を待ちます。
3 知覚の連結
ケアを実践する上で最も重要なステップです。ポイントは以下の2点です。
・常に「見る」「話す」「触れる」のうちの2つを行うこと
・五感から得られる情報は常に同じ意味を伝えること
相手の「視覚」「聴覚」「触覚」のうち、少なくとも2つ以上の感覚にポジティブなメッセージを同時に伝えます。
たとえば、ご本人の背後から優しく声をかけていても、返事を待たずに腕をつかんで歩行介助をしたら「負のメッセージ」を触覚に与えてしまい、ケアの拒否につながるかもしれません。「笑顔」「穏やかな声」「優しい触れ方」を同時に用いることで《知覚の連結》がうまくいくと、ケアを受ける方は緊張がやわらいで心地よく感じられます。
4 感情の固定
ケアが終わったら、気持ちよくケアができたことをご本人の記憶に残し、次回のケアにつなげるステップです。
・ケア内容を前向きに確認する ⇒ 「シャワーは気持ちよかったですね」など
・相手を前向きに評価する ⇒ 「シャワーをしてさらに素敵になられましたね」など
・共に過ごした時間を前向きに評価する ⇒ 「私もとても楽しかったです。ありがとうございます」など
・前向きな言葉、友人としての動作で ⇒ ポジティブな「感情記憶」を残す
感情に伴う記憶は、認知症が進行した方にも残ります。「この人は嫌なことはしない」「この人とはよい時間が過ごせる」という感情記憶をしっかりと残すことで、次回のケアを気持ちよく受けていただける可能性を高めます。
5 再会の約束
そばを離れる前に「また会いたいですね」「また来ますね」と《再会の約束》をします。
このステップは、記憶ができない方にとっても重要です。約束した内容は覚えていなくても、ポジティブな印象が残っていれば、次回のケアのときに笑顔で迎えてくれる可能性があります。
ユマニチュードでは、ご本人の同意を得ないまま行う「強制ケア」をゼロにすることを目指しています。時間に追われる介護の現場ではなかなか難しく、周囲の理解を得るのも最初は大変かもしれません。
しかし、ユマニチュードは、ケアを受ける方はもちろん、ケアをする方も楽しみと満足を得ることができる技術です。また、ユマニチュードの導入によって業務の効率化を実現できた事例もあります。
家族の介護をきっかけに介護福祉士・社会福祉主事任用資格を取得。現在はライター。日々の暮らしに役立つ身近な情報をお伝えするべく、介護・医療・美容・カルチャーなど幅広いジャンルの記事を執筆中。
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